第10回アニメ『ぐんまちゃん』を観た

A: お母さんと忍者

チュウ忍が本当に誰かを忍殺している姿を見てみたい。

にしてもぐんまちゃんのお母さんは緩いキャラの割にしたたかというか、経営者マインドがだだ漏れしている。株で総資産3億あります、とかいう裏設定がありそう。前回、億単位の賠償にあまりパニックになっていなかったから、案外払えちゃうのかも。

マネジメント業について「ロクヨンでいいわよ」と言ったのは、6.4万/月なのか64万/年なのか。いや、それよりも、ロクヨンという響きにニヤニヤを禁じ得ない。あの長編サスペンス映画『64ロクヨン』の舞台兼ロケ地は群馬県だからね。映画内にぐんまちゃんも登場していたりする。

Youtube動画の00:45付近の人物背後には控えめな「群馬県」が)

www.youtube.com

 

B: もっと教えて!ものしり博士

ぐんまちゃんの問い 「死って何?」

物知りハカセの答え 「経験していないから分からない」

哲学ですね。エピクロス派。

博士の思考実験は秀逸で、出来事を時系列に並べて、10年後の自分が楽しく振り返っているはずと想像した今日の出来事(10年後からすると思い出)があるとする。でも、もし5年後にハカセが死んでしまうのならば、今日の出来事は悲しい出来事として振り返られるだろう…みたいな反時事的条件文めいた分析をしてきた。やばい。

ナレーターが「整理すると」とか言うので、ここら辺の議論を5歳児にも分かるように説明するのかと思って期待したら、全然整理していなかった。

よく生きることについて、この言葉を使わずに描写した。

ハカセの家にはネトゲがある。たぶんMinecraft

 

分析哲学を愛する端くれからすると、以下は考え方として異なるので注意したほうがよいと思っちゃった。

①「死」という一つの出来事や経験をどのように説明するかについて、色々な考え方があること

②「し」という言葉に色々な漢字が充てられること

③「死」という言葉にいくつかの意味があること(身体の死なのか、忘れ去られることなのか、などなど)

ぐんまちゃんが気にしていたのは①についてであるのに、はかせはレトリックとして③をに提示したように見える。ナレーターによって、最後は②がポイントであったかのようにまとめられた。

これでは、私のようなぐんまちゃんガチ勢視聴者は納得しない。

 

C: 楽しいドライブ

アキオ、昔は走り屋だったのかな。せっかくならそれっぽい車が見たかった。もしかして登場していた?

こういう自由な大人、いいよね。

遠くから見ている分には面白いよね。



第9回アニメ『ぐんまちゃん』を観た

3年ぶりのぐんまちゃん投稿。当時、記事の元ネタとなるメモを消去してしまい、そのまま放置していたらこんなに時間が経ってしまった。この間に、シーズン2が放映されてしまった。見ていないが。
 
A:雲の上の冒険
訳が分からないお話だった。
私がだるま達の住所を覚えたくてこの回を見返そうか思案したが、見返すほどではないなと思っちゃうようなストーリーだった。
核心部は、ぐんまちゃんに魔が差して思わず「ま」と言ってしまい、達磨の親玉から顰蹙を買うも、「誰だ?」「オランダ」というどこからそんなしょうもないセンスが!?、と思われるようなダジャレを返すだけ。
保守的な達磨職人を仄めかすような批判があったので、どこかで聞いた話(リンク参照)でちょっとにやにやした。
「ただ、職人の父からすると、顔に鶴と亀が描かれていないアマビエだるまは高崎だるまではありません。アマビエだるまを父が知ると『お前は大門屋を潰す気か!』と大ゲンカになりました。でも、だるまの魅力を伝えていくにはアマビエだるまのような新しい商品も必要。芯がぶれるのではなく、しなっていけば高崎だるまの伝統も守っていけるはずです。」
 

 

B:ゲージツはビッグバーン
岡本太郎群馬県に何かゆかりがあるのだろうかと思い、調べたが、以下の情報しか得られなかった。
静岡県の閉業したレジャー施設に展示されていたものを、色々あって前橋市が寄贈してもらったらしい。へ~
 
アクロバティックな動きを繰り出すぐんまちゃんが最高でした。
このアニメの注目に値するポイントは、たまにカメラアングルと画面の構図が素晴らしいことにある。
 
C:イチゴでゴーゴー
やよい姫が営業に回る話。
やよい姫がはにわの里にやってきて、門を挟んでハニワと対峙する構図がドラマチックだった。プロの仕事。
カッコよさはキャラデザでもストーリーでもなく、構図に宿るんですねぇ。
 
蛇足)
次回予告のアキオは、某頭文字ドリフト車漫画のそれだった。

大学院進学は「変容的経験」だった

タイトル:大学院に進学することは私をがらりと変えてしまう経験だった

はじめに

 社会人を経験した学生は総じて優しい。生活に工夫をこらしているからか、常に他者への配慮があるように見える。私も昔、看護師をしていたのだが、先人とは違って、この文章ではあまり読者に配慮しないつもりである。社会人学生としての資金戦略や入試を突破する勉強法を述べるつもりはさらさらない。社会人を経験しているのであれば、各々で情報収集をしたり、考えたりする力はあるだろうし、ありがたいことに有益な情報提供をしてくださる方がたくさんおられるようだから、やりたいことがある人はやりたいことに向かって各々人生を進めてもらえばいいと私は思う。

…とは言いつつ、大事な情報はお伝えしておく。

 

ーーー以下、大事な情報ーーーー

日本の哲学系の博士課程に入学したい場合、その研究室では博士号取得にどれくらいの時間をかけるものと見なされているのかを事前に調査しておくことをおすすめする。10年くらい前までは、博士号は6〜10年くらいかけて取得するもので(学術論文として投稿するのは修了後)、それより前の世代では、博士号は博士課程を満期退学した後に人生をかけて取得するものという認識だったらしい。そうすると、(一部の天才を除き)博士過程を出たとしても業績皆無の状態となり、自身の学を証明する手だてが少ないため路頭に迷うことになりかねない。そこでここ最近は、修了年数の短縮化と課程在籍中に学会発表や論文出版などで業績を出す動きが進んでいる(国が博士人材の増加を進めているため、そのあおりを受けている側面もある)。ただ、研究室の雰囲気や指導教員の方針によって博士課程の位置づけや意味合いは変わるため、今でも「博士課程は最低5年は必要」という方針をとっているところもある。それぞれの人の経済的状況、人生計画によって、博士過程に何年かけたいか・かけることができるのかは変動するだろうから、この点は事前によく調べておいた方がよい。なお、私は、現代においても実現可能ならば博士課程満期終了を目指して進学したって良いと思っている。

ーーー大事な情報、終わりーーーー

 

 私の経歴を簡単に述べておくと、4年制の看護学専攻を修了したあと、5年間ほど一般病棟で働き、退職後、哲学倫理学研究室の修士課程に入学した。修士修了には3年かかり、1年間の空白を経て、同哲学倫理学研究室の博士課程に入学した。これを書いている今は博士課程の一年目である。

 私が伝えたいことは、新たな分野に飛び出すことは、それまでの人生のあり方ががらりと変わり、もしかしたら人格すら変わり得るということだ。看護師時代のかつての私は、今の私とは全く異なる好みや価値観を有していた。だからもし過去の私と今の私を同時に存在させて、同じ事象について判断するように質問したら、全く異なる判断を下していることだろう。

 本来であれば、冒頭にインパクトのある分かりやすい事例を提示する。そうするように色々な先生から指導されてきたし、読みやすい論文はそう書かれている。今回もそのように書き進めようとした。でも、どうしても情緒的で、ややもすれば扇動的な書き方になってしまう。それを嫌って、この記事では事例の詳細をあえて書かないし、用語の解説もしない*1

 あと、メリークリスマス。

前日譚

もってあと数時間だろうという終末期の患者がいた。もともと延命希望が無いことを確認済みだった。動揺している妻が「どうすればいいでしょうか」と私に問う。私には、怯えているように見えた。私は「本当に延命の希望はありませんか?」と聞いた。この言葉をきっかけに、妻はより動揺したように見えた。私は当直医師を呼んだ。結局、延命処置は実施しなかった。2時間後くらいに患者は亡くなった。妻はややパニックに陥っていた。

別の日にも、呼吸状態がかなり悪く、終末期にある患者がいた。「呼吸器を付けた方がいいでしょうか、看護師さん自身の考えを教えてほしい」とその夫が私に問う。私は「呼吸器を付けて、後悔されるご家族様もいます」と正直に言った。でもこれ以上は、私の説明責任の範囲を超えているので、当直医師を呼んだ。その場では、夫は呼吸器を付けない選択をした。その後、主治医の方針で呼吸器が装着された。私はその場にいなかったので、どのような意思決定がなされたのかは分からない。患者の容体は、しばらくしてもよくならなかった。患者が亡くなる数日前、夫は「妻をこんな姿にさせるつもりは無かった」と言った。呼吸器を付けなければよかったという後悔を表していた。

 

ベテランが聞いたら怒りそうな記述である。傾聴が足りない、寄り添いが足りない、言葉がけが間違っている、…と。

 たった一言が、患者とその家族のあり方と心情を大きく左右する。私的な一言は言えない、でも言いたいことがある、でも適切に言えない。人の最期に直面したときに、どのように振舞えばよかったのか。直接的な表現を用いて事実を述べればよいのか。表面的に当たり障りのない言葉や表現を使用して、何らかの方向に誘導すればよいのか。あの時の私は、いわば取り繕うことで、解決が期待できる問題ではないと直に感じていた。生命を延長させることの意味、もしくは、あえて生命維持を選択しないことの意味と含意を理解した方がいいのではないかと、徐々に思うようになった。しかし、それが分かるだけの基礎がなかった。だから、たとえベテラン看護師が私のもとにやってきて「お前の言葉の選択は不適切だ」と説教したとしても、きっと私の実践が改善されることはなかっただろう。生命を延長させることの意味、あえて生命維持を選択しないことの意味が分からなければ、実践の改善が根本的に見込めない気がしたからだ。このモヤモヤを解決しないことには、いつまでたっても取り繕う実践しかできないと思われた。

 当時の自分なりに文献を読んでみたところ、どうやら文学部の哲学や倫理学の領域で「生命倫理学」や「医療倫理学」が研究されているらしいことが分かった。そういうこともあって、2、3年間寄り道するつもりで、哲学と倫理学を専門とする文学部の修士課程に入学した。

修士入学

 入学した当初は、よい意味でも悪い意味でも驚くことがあった。私はひねくれものなので、ふつうは心にそっとしまっておくはずの悪い意味の驚きもここに残しておこうと思う*2

 まず、全員ではないが一部の学生は学歴をとにかく気にする。これは看護学専攻の学生が学歴をあまり気にしないこともあって、その差異が際立っているからそう感じられたのかもしれない。ただ、一度医療の場に出た身としては、学歴よりも判断力と技術力を気にかけることが普通だったので、なぜそこまで学生が学歴に拘るのか不思議だった。就活の影響だろうか。もちろん、医師の世界や一部のコメディカル業界でも学歴が大事になる場面はあるだろう。でも彼らだって、学歴だけが指標ではないことをよく知っている。ある院生から「看護は理系の中でも偏差値が低いですよね」という話を振られたときには、数ある話題の中でもそれが選択されたことに混乱したし、ちょっと驚いた。業界の偏差値が低いからといって、それが何なのか。東大出身の看護学生と私立医大生を比較しろと言われたらどうするのだろうか。おそらくその院生は哲学も偏差値が低いことと並列して何かを述べたかったようなのだが、だとしても、それが何なのか。大学院生は、偏差値で図ることのできる土俵のその先に行っている人達ではないのか?日本のガクモンの一角を担っているというのに、とても安直な思考の持ち主が稀に混ざっているように思われた。「アカデミアでやっていく」ことは、こういう言明の餌食になることも含むのかなぁとちょっと気が滅入った。

 次に、いい意味の驚きについて述べる。哲学系の人たちが書く、美しい文章力に感銘を受けた。小難しいあれこれを次から次へと書き連ねているのに、滔々としていて、綺麗だった。接続詞の使い方が統一されていて、ボキャブラリーが豊富なため、小説ではない難解な物語を読んでいるような気分になった。しだいに、私がこれまで触れてきたカルテや看護サマリーは、必要な分だけの「情報」を端的に正確に相手に伝えることに特化した文体だったことを自覚した。医療で見かける文章は箇条書きを多用する上に、どこに何を書けばよいのかのフォーマットがあらかじめ決まっている。文章というよりかは、情報の断片を提示しているようなものだった。文学部で目にする文章と医療系の文章とでは、書き方のノウハウ以上の、もっと根本的な相違があるように思われた。その相違の正体を掴めず、入学してからしばらくの間は(今も)哲学の人達と同じような文章を書けないことに苦しんだ。特に、大学院のゼミ形式の授業では、書きたいことがあるのに思うように書けず、私の発表の前日に酷くナーバスになったことを覚えている。この溝をなんとかして埋めないとヤバいと直感していた。加えて、「看護は理系の中でも偏差値が低いですよね」であることの証拠として私が解釈され、安直な思考の底に、元医療従事者の端くれが沈殿することが許せなかった*3溝を埋めないことには修了したくないとさえ思った。そのような、ちょっとした闘志のおかげで、まともな文章を書くことに拘ることができた*4

 まともな文章を書かなければという闘志によって、修士一年目が終わる頃、論理的な推論を把握する必要性を自覚した。知性を嫌みなく伝える芸術的な文才が私になくとも、相手に私の主張の核心がとにかく伝われば、最終的に私が何が言いたいのかも伝わるはずだ。おそらく、論理的な文の運び次第で、主張の核心が伝わるか否かも左右される。だから、論理学を学ばなきゃ。このような目論見で、修士二年目に学部生に交じって論理学の基礎を受講することに決めた*5

 論理学は楽しいし、ワクワクする。最初は全然分からなかったものの、当時の先輩達から助言をいただき、証明を完成させる毎にほっとするような安らぎを感じるようになった。付言しておくと、私は難問とされる証明問題を解いていたわけではない。論理学者ならば秒で解ける問題を数時間かけて解いていた。問題を解いたときの「落ち着く〜」という安堵感・鎮静感と、一つの問題に没頭することが許されている開放感に、はまっていった。この心の動きを今では「トキメキ」と表現している。証明のコツを掴んだと思ったらミスに気が付いて撤退し、今日はもうやめようと思ったところでひらめいてしまったので、そのまま解き続け、気が付いたら明け方の4時になっていたことがある。時間を忘れて何かに取り組めることが快感だったし、おそらく多くの同世代の人達からしたら贅沢な時間を過ごしていることも自覚していた。この経験が私にとっての大きなターニングポイントとなった。妥当な推論の形式を意識して、論文を読んだり、文章を書いたりできるようになったからだ。論文の筆者の主張が一直線に繋がって理解できた(と感じた)ときは爽快だった。煮え切らない主張に対しては、どこにモヤモヤするのかを明確に指摘できることが増えた。そんなこんなで、図らずも大陸哲学よりは明晰に主張を展開する分析哲学を好むようになっていった*6

変容してしまった

 人生を根本的に変える経験をL. A. Paulは「変容的経験(transformative experience)」と呼ぶ*7分かりやすい例はヴァンパイアになることで、現実的な例は子どもをもつことである。彼女によれば、変容的経験をする前には「それがどういう感じなのか」という一人称的視点が欠けているのだから、その経験を含むいくつかの選択肢に価値の重みを割り当てて、「どれを選択しようかなぁ~、一番価値がありそうなこれに決めた!」という風な仕方で合理的な決断を下すことはできない。変容的経験をする前には、その経験について、かならず認識的なギャップ(根源的な無知)がある。

 彼女によれば、変容的経験は二つの変容から構成される。

 

  • 認識的変容
    • 実際にそれを経験することで、それがどういう感じなのかを知ること。
  • 個人的変容
    • 実際にそれを経験することで、好みや価値観も変容すること。

 

この定義にのっとると、私が修士課程で論理学の基礎を学んだことは変容的経験だったような気がする。論理的に何かを思考することがどういう感じなのか身をもって知り(認識的変容)、その視点から、どのような言明を好むのか、どのようなことを主張する人間でありたいのかの欲求が変容した(個人的変容)。以前の看護師時代の私が、応用哲学や応用倫理の専門家の教説を拝聴したならば、「そう考えれば良いのか!」とありがたく飲み込んでいたことだろう。しかし、私は「形式論理学の基礎2022」を受講したことで変容してしまって、以前の私とはまるで別人になってしまった。なんでも素直に「うん、うん、なるほど」と受容しようとする私はもういない。変容後の私は、分からないことには「分からない」と言い、論証の構造がはっきり見えた時にはトキメキを感じるようになった。 修士一年目の時に飲み込みかけた、

 

「我と汝が交差する現象のうちに他者としての患者が立ち現れる」

 

とか

 

「『寄り添い』の精神(≒イデア)をそれぞれの看護師が発揮(分有)するのだ」

 

みたいな説明に、全く納得できなくなってしまった。それらは、一つの哲学的主張としては立派だと思う。でも理解はできても、納得はできない。私が好む説明の仕方ではない。その「他者」が目の前の患者であると言えるのはなぜなのか、「他者」が立ち現れたらどうやって私の目の前にある葛藤や課題が具体的に解決されるのか、「寄り添い」が定義されていないから結局何を発揮すればよいのか分からない*8

などなど、もはや文句めいたものが次々に浮かんで、引き返せなくなってしまった。もちろん、言葉にできない次元や領域があり、倫理の半分がそこにあることは認める。でも、それは論文でやることではなく、行為によって為されるものだと私は考えている。言葉を尽くすとは、そのような言葉にできない次元を仄めかすことではなく、言葉にできないことを分かりつつも、漸近線を描くように、その不可能のギリギリに接近することだ。論じているうちに攻め過ぎて冷や汗をかいてしまいそうな、そんな漸近線を描くことのできる可能性は、分析哲学の方にある気がした。

 ただ、仮に私が変容的経験をして認識的にも個人的にも変容したとしても、昔から変わっていない、変容していない人格的部分もある。すなわち、逆張り精神である。看護師時代にベテラン様に大学院進学について相談して、「置かれた場所で咲きなさい」とか「人生を早めに進めて、落ち着いてきたら進学でいいじゃないの」*9と言われたときには、絶対にそんなルートは辿らないぞと思った。元指導教員から「分析フェミニズムをやったらいいよ」と言われたときにも、「(逆張り精神を発揮していることは隠して)私がやったら、ありきたりすぎる」と回答した。私のことを大人びた人間だと思い込み、親切心で方向性を示してはいけない。私の逆張りが止まらなくなる。最近は、「右」と言われたら何も考えずに「左」を選択する人になっている気がするので、そろそろ現指導教員にはこの特性について注意を促しておこうと思う。指導教員が意図する方向と逆方向に行ってしまったらヤバいからだ。

 話が逸れちゃった。何が言いたかったのかというと、修士入学時点では「2、3年間寄り道するつもりで」なんて考えていたのだが、がらりと変容してしまったおかげで、医療の道に戻ることはなく哲学系の博士課程に入学してしまった。看護師時代の私は、文学部でちょっと知見を広げて、生命を延長することや延命治療を選択しないことについて、私なりの考えを持ち、それを看護に、広く医療の世界に持ち帰れたらいいなと思っていた。ところが今や、生命に関する自分なりの考え云々は保留にしたまま、もっと別の目的に向かって色々やっている。冒頭の事例の経験は今なお私の中にあるものの、生命倫理学に向けていたそもそものモチベーションを失ってしまった。倫理に対する関心が薄れて、分析形而上学に関心がシフトした。逆張り精神も幸いして、とことん突き抜けてしまおうとの想いから、ありがたいことに国際学会での発表の経験も積ませていただけた。一貫性が無い。こんな風に私が変わるとは、修士入学前の私には分からなかった。もちろん、哲学倫理学研究室の修士課程と博士課程に入学したことは全く後悔していないし、むしろ充実していて心から良かったと思っている。でも、私が変容したことで喪失した何かもある気がして、ふと後ろ髪を引かれる心地になるときがある。

どの道を選ぼうとも、選ばなかった道を失う寂しさとセット(宇多田ヒカル

 社会人が院進を考える時や、その先の再就職ないし進路を考えるときの心境は、高校から大学卒業までをストレートに経るであろう学生が「進路をどうしよう」と考える時の心境とは異なる。社会人を経験した者は、社会の中での自己の立ち位置や自己の能力の発揮の仕方を(なんとなくであれ)具体的に把握している。だから、社会人が進路について何かを選択することは、具体的な自身の可能性を一つ、あるいはそれ以上、放棄するような心境になりうることも意味する。なお、ここでの心境がポジティブなものなのか、ネガティブなものなのかは本稿にとって重要な区別ではない。宇多田は上記のように「寂しさ」と歌っているが、ワクワクしながら一つの可能性を放棄することもできるだろう。私の場合は、医療の現場に戻らず博士課程に進学したことで、例えば「基幹病院でバリバリ働いて管理職クラスになる」や「訪問看護師として地域密着型で働く」という可能性に蓋をしたと言っていい。この可能性が有する価値や素晴らしさは理解しているものの、それを実現したいという望み*10はどこかへ行ってしまった。

 だが、逆張り精神以外の昔の私が完全に消滅してしまった、というわけでもない。昔の私が何を考えていたのか、どういう人間だったのかはなんとなく覚えているので、比喩的に言えば、たまに昔の私が今の私の様子を覗きにやってくる。つまり、昔の私に監視されている心持ちがするのである。昔の私は、たった一言に注意を払おうとするいい奴だったし、「生命を延長することや延命治療を選択しないことについて、私なりの考えを持ちたい」という徳の高そうな志をもつ奴でもあったので、今の私がテキトーなことを言おうものなら彼女から蹴りが飛んでくる(しかも昔の私はかなり体力があったので、もの凄い勢いの蹴りである)。彼女と私は物質として連続しているものの、人格として連続していない。彼女はどこかの過去の時点で、今の私とは異なった私に分岐して、別の可能性の私となっている。昔の私はその別の可能性の私と人格として連続している。別の可能性の私がどのような人物なのかを想像すると、たぶん、斜陽日本の医療に貢献するべく日々働いていることだろう。今の私は、そいつに勝りたいと思う。勝らなくてはならないとさえ思う(少なくとも対等に対峙できるようになりたいと思う)。なんでそう思うのかの根本的な理由はよく分からないが、可能性の方が現実性を凌駕する事態が気持ち悪いのかもしれない。

 ここで私が採用できる方針は次の二つである。一つは、その別の可能性の私を、思考の遠くへ押しやること。「可能性としてはあり得たけど、比較もできないくらい現実の今の私に似ていない」のなら、可能性の私と現実の今の私との比較がそもそも生じない。「昆虫の私と今の私を比較せよ」とは普通ならない。もう一つは、本当に勝ることだ。別の可能性の私に勝ったかどうかの判定は、過去の私の蹴りの有無で分かる。過去の私と別の可能性の私は人格として連続しているので、過去の私は別の可能性の私の代弁者として現実の今の私にツッコミを入れることができる(と信じている)。つまり、過去の私の蹴りが飛んで来たら現実の私の負けである。

 どちらの方針を採用するかは決めていない。一つ目の場合には逆張り精神を発揮しつづけて、かつ研究をゴリゴリに進めれば、全然似ていない私になるから有効だろう。二つ目の場合は難しい。道徳的な善さの面で、確実に負けると思われる*11。負け確ならば比較を諦めるのも選択の一つかもしれないし、別の点を今後の強みとしてアピールできるかもしれない。例えば、苛烈に研究に取り組みつつ、健康に気を配り続ける超人になる、とか。あるいは、過去の私と今の私はもはや別人なので、ミルの他者危害原則を持ち出して過去の私からの蹴りを制するのも良い手かもしれない。

結論

無い。10年後くらいにようやく答え合わせができるだろうと思っている。

 

2025/12/25



*1:

想像力が伴わないことを自覚しないまま、賢い頭脳から流れ出る言葉によって、この世の真理を述べようとする人達を私は何人か見てきた。かといって、彼らの想像力の無さを補うために私の経験の仔細を開示するつもりはない。現実と虚構の区別が付かない人達に、医療に従事することについてあれこれ語られることは避けたいからだ。私が仔細を描写するのではなく、あくまで読者が想像してほしい。

*2:

社会人を経験して院進することは、いわば世代を逆行して、一つの分野の内側でやってきた人達に接することでもある。このとき当人が周囲とのギャップを自覚したときにまずやることは、愚痴を言うことではなく、周囲を理解しようと務めることだろうし、それが模範的な姿だと思われる。

*3:

文学部の学生の中には看護学生の教養の無さや看護師の言葉の使い方をバカにする人が一定数いる印象を受ける。理由は分からない。彼らは、学部生の頃に社会構造やジェンダーに触れる講義に出席しているはずなのに、なぜ「バカにする」に行きついてしまうのか、心底不思議でならない。また、本文でも述べたが、医療カルテの本領は「的確に・簡潔に・正確に」なので、省ける助詞はどんどん省かれて、(本来は駄目なのだが)略語が多様されがちである。であるので「疼痛を訴えたため、ロキソニン錠とレバミピド錠を処方した」という文は「疼痛訴えありロキレバ処方」となる。この文化を知らずに、医療従事者の日本語を叩いてほしくない。書籍のチャプター等を執筆担当する機会のある一部の医療従事者達を除き、多くの医療従事者は情報伝達特化型の言語実践に組み込まれている。

*4:

しかし、まだ理想には遠い。宮野真生子さんレベルの日本語を書いてみたい。

*5:

なお当時の指導教員からは「禁欲的に学びなさい」と言われており、院生が学部生の授業にあれこれ出席することはあまりよいことと思われていなかった。確かに、興味関心が分散することで自分の課題が疎かになってしまったことがあったので、ご指摘はごもっともである。また私は修士修了に3年を要したのだが、もし禁欲的に学んでいれば2年で修了したのではないかと想像する。でも、どうしても知りたい意欲が勝ってしまい、当時の指導教員に内緒で色々受講することにした。そうして、単位取得の規定に関わらず、院生の単位取得が認められない授業を履修したし、取りたい授業が重なったときには、一方がオンデマンド形式だったので、先生に頼んで一コマにつき二重で履修した(もちろん一方の単位は認定されないが、二重に履修できることを知ったときは嬉しかった。個人的に「ハーマイオニーになれた」と呼ぶ出来事である)。ちなみに、指導教員は指導学生の履修状況をオンラインシステム上で確認できるようだったので、私の秘密は筒抜けだったらしい。

*6:

初年度の私の同期に、古代ギリシア哲学専攻とカント哲学専攻がいた。英語もろくにできなかった私が、彼らのように第二外国語を使って古典を精読することは難しいだろうと思い、英語だけで済む分析系に流れていった、とまとめることもできるだろう。彼らは優秀だった。今思えば、私は同期に恵まれていた。

*7:

名古屋大学出版会からエレガントなタイトルの邦訳本が出版されている。『今夜ヴァンパイアになる前に―分析的実存哲学入門―』(奥田太郎・薄井尚樹翻訳)アマゾンの紹介文がカッコよかったので、そのまま引用する。

進学、就職、転職、結婚、出産など、人生の岐路で大きな決断を迫られたとき、人は合理的に選択することができるのか。何かを選ぶことで、今とはまったく違う自分に変わってしまうかもしれないというのに――。誰しもが悩む「変容の経験」、その実存的な問いを分析哲学の視点から考える注目作。

 

*8:

私のために言っておくと、学部生(看護学専攻)の頃から「寄り添い」という言葉が大嫌いで、自ら使用したことは一度もない。何を意味しているのか不明瞭だったからだ。

*9:

ここで含意されていることは「早めに結婚して子どもを産んで、子育てが落ち着いてから出世について考えればいいじゃないの」ということである。そのような人生を否定はしないが、私にとってはあまり楽しそうに見えなかった。(追記)もう少し繊細に書いた方がいいと思い、追記する。もともと「進学を考えているので、どう行動すればよいかアドバイスがほしい」という相談を、当時大学院に行きながらフルタイムで働いている先輩にお聞きしていた状況だった。先輩からは暗に「あなたの今のライフステージにとって、進学よりも大事なことがある」と諭された気がして、ムッとしたというのが本音に近い。確かに、医師の働き方を見ていると、早めに結婚している人が多く、セオリーに近い人生観が共有されているように思われる。でも、なぜそれがわたしにとって良い人生なのか、分からなかった。念の為に言うと、結婚したくないわけでも、アンチ婚姻制度なわけでもない。単に結婚が目的になるのが奇妙だった。

*10:

強い「欲求」があったわけではないので、あえて「望み」と書いた。

*11:

人々の健康に直接的に関わること(病気の診断から生活の再構築までを包括的に支えること)と、よぅ分からん哲学のあれこれをペーパーとして出版することの道徳的な善さの比較は、前者に分配が挙がるだろうと考えているのだが、どうだろう? 私がD. LewisやL. A. Paul並みに偉大な哲学の仕事をすれば、その仕事が応用的・道徳的な善い含意も生むと言えるかもしれない。ふふふ。

書籍『会話を哲学する』(三木那由他 著)を読んだ

感想とか批判とかはその他の方がたくさん紡いでいるので、そっちを見てほしい。
私は読了後に抱いた自身の会話の振り返りをつらつら書きとめた。

私は現在、学生寮に住んでいる。この前、陽性者(Kさんとする)が発生して、しばらく濃厚接触者として過ごした。その期間、Kさんに対する周囲の扱いの雑さに腹が立っていた。

Bさんは私たちの同居人であり、Kさんの隣の部屋に住んでいる。Bさんは、すでに自室で隔離されているKさんに対し、自身の不安の解消したいという精神的安寧のために「遠くの部屋に移動するね」と伝えていた。私は引っかかりを感じていた。三木さんの本を読むまでは、陽性者に向かって直接”私はあなたが怖いので必要以上に距離をとります”と差別的態度を伝えているようなものだから、単にそれが許せないのかなと思っていた。陽性者の内側に”避けられる”や”拒絶される”自己が形成されることを私が懸念したのだろうと理解していた。

しかし、三木さんの「約束」に関する主張から私の思いを整理すると、ちょっと違った解釈ができた。

Bさんが陽性者に「部屋を移動するね」と言ったとき、BさんはKさんに対して
”「あなたが陽性になったことにストレスを感じている。だから距離をとる」態度をもつね”という約束と、もっといえば、”そのような繊細な心を私(Bさん)は持っている”という約束も共有しているように思われる。
Bさんは自身の心の不安定さをKさんが感染した事実に帰属させ、「だって私は繊細な心の持ち主だからしょうがないでしょ」と開示している。Kさんからすれば、Bさんのストレスの原因が自身が感染したことにあり、Bさんの繊細な心へ配慮するように約束として突き付けられたことになる。Bさんは、Kさんの心を配慮しなくてよいのか?

Kさんは芯のある方だったので、そんな部屋の移動のことでいちいち心が折れるほどヤワではなかった。しかし、だからといってKさんのしっかりした心に甘んじて、Kさんを無下に扱っていいことにはならない。もうひとつの引っ掛かりはここにある。つまり、Kさんの心の強さに乗っかるように、というか利用して、Bさんは「部屋を移動するね」とKさんに言っているのだ。
三木さんのコミュニケーション観に基づけば、両者の間には”Kさんが所有するメンタルは頑丈だよね”という約束が形成されているのかもしれない。

「あなたは強い、だからこれくらいの言動には耐えられるはず」という主旨のことを他人から言われたとき、聞き手が「まかせとけ!」と思うのか、「いや、無理です」と思うのかは、話し手が一方的に前提できることではない。聞き手が実は「いや、無理です」と思っているのに、その感情に蓋をして強い心を持つ者として振る舞えば、聞き手はいつか心が消耗してしまう。しかし、上でみたように、Bさんはストレスの原因を陽性者に帰属させ、なおかつ、繊細な心を持っているのだから配慮してね、という二つの事柄についてKさんに約束させてしてしまった。これは双方向の約束ではなくて、一方的な契約である。

こうすると、KさんはBさんへ負担を与えた人物として自己を認識し、「私の感染のせいでBさんがストレスを感じてしまった。これ以上負担をかけるわけにはいかない。なぜならBさんの心は繊細だからだ」という信念をもってしまう。すると、KさんがBさんに一方的に配慮する関係性が出来上がる。ちなみに、BさんはKさんよりも年長だから余計にそうなる。

この感じの人間関係を割と見かける。心の強さを他人から期待されるうちに次第に消耗していくバーンアウトや、お局様が後輩からの配慮を過剰に要求する構図に似ていると思われる。Bさんに問いたい。自身の心は一生懸命に守るのに、Kさんの心は考慮しなくてよいのか?

服をすべて捨てた理由

「最近、雰囲気変わったよね」

とよく言われる。そりゃそうだと思う。

昨年まで地味な、いわゆるイケていない服を3日サイクルペースで着ていたので、最近綺麗めな服を着ていることに印象の違いを感じるのだろう。

かつてはおしゃれが特に好きなわけではなかったが、だからと言ってあえてみすぼらしい恰好になるのも好きではなかったので、人並みにおしゃれはしていたつもりだった。スカートもパンツもヒールも履いていた。昨年のような、よれたパーカーと汚いスニーカーで毎日過ごすような人物ではなかった。

でも、2020年に持っていた服をすべて捨ててしまった。

なぜなのか。

 

2020年当時の心境は突発的だったようにも思うので、うまく説明できないし、合理的な理由付けもできないと思う。でも、こう説明したらすんなり腑に落ちるという説を見つけたので、それを書き留めておく。

一応断っておくと、筋道たてて説明できるからと言って、それが本当に起こった事実に合致しているのかどうかは分からない。

 

2019年末に妹が割と重めな病を患った。抗がん剤治療が必要で、治療後も副作用に注意しながら過ごさなければいけない病気だった。

その病気の原因は教科書的には「よく分かっていない」と言われているが、専門医からすれば事態はもうちょっと複雑らしい。でもその専門家の見解が、妹の場合に該当する事象なのかはよく分からない。とにかく、病気の原因は「単なる偶然」的事象ともいえる染色体上のエラーだろうと言えるようだ。

私と生育環境が最も近い妹がそのような病気になった。私ではなく、妹が。環境的にも社会要因的にも最も近いのに、不運に見舞われたのは妹だった。

しかも、遺伝的にも最も近いと言える私は、妹と血液の型が合致すれば、妹の治療に貢献できる可能性を最大限兼ね備えていた。なのに、私の血液型は妹と不適合で、その治療に貢献できる可能性からも外れてしまった。

私は不運に見舞われず、治療にも貢献できないという「何もできなさ」と、才能によっても努力によっても克服しえない「力不足」を心底味わっていたと思う(どうにもならないけれど)。

妹の方は、治療の副作用で髪は抜け、大量のステロイドのせいで顔は丸くなるのに身体は痩せこけ、あちこちに湿疹ができた。退院後も、日光に当たるのが良くないので長袖で過ごし、けがをしたら大変なことになるため足元のおしゃれからは遠のき、常にウィッグを被って過ごしていた。

なぜ妹が?おしゃれ盛りのなのになんでこんな目にあっているのか。

私が妹と同じ歳だった頃を思い出すと、心から人生を楽しんでいたと思う。なぜ、それが妹はできないのか。

 

そんな状況で、私が華やぐことは到底できなかった。慎ましく過ごそうとおもってしまった。色々あって、妹が退院後は、私が妹の家に住んで身の回りの掃除や炊事を手伝っていた。

すぐそばに様々な生活上・表現上の制限を被る人がいるのに、そんな人を横目におしゃれはできない。というか、自分を綺麗に見せるという意識を捨てたくなった。ばかばかしくなった。今やることはそれじゃないと思った。

だから、持っていた洋服をほとんど捨てた。手元に残したのは、本当に着心地のよいパーカーくらい。スカートもパンツもピアスも捨てた。私の延長にあるように感じていた彼女が苦しんでいるから、少しは苦しさを共有したかったのかもしれない。

 

最近になって、その妹が友人とお出かけしたらしく、写メを送ってきた。

そこに写る妹は今まで見てきた中で一番美人だった。びっくりするくらい美人だった。

私はなんだか、ほっとした。おしゃれが楽しめるようになった。日常が完全ではないものの、戻りつつあると思った。

多分、その写メをみたことで私も少し解放されたんだと思う。慎ましく地味に過ごして、楽しめないことを共有する感覚、これらを手放してもいいのかもと思ったのかもしれない。私の延長に妹があるわけではないと改めて認識しつつある。

だから、最近はメイクをして綺麗めな服を着るスタイルを再獲得している。

 

 

第8回『ぐんまちゃん』を観た

A「みーみとパパ」
みーみのママは俳優、パパは小説家。
パパの見た目は、金田一チック。おそらく推理小説家だから横溝正史からヒントを得た?
群馬の小説家といえば、萩原朔太郎土屋文明田山花袋あたりか。
推理小説に詳しくないのでちょっと調べてみたら、日本のミステリー小説黎明期を支えた渡辺啓助という作家が、群馬県渋川市に縁があった。県で企画展示を開催したこともあるらしい*1
そういえば、横山秀夫クライマーズハイ』の舞台は群馬だし、同じく横山原作の映画『64ロクヨン』は設定が群馬だったな。

このパパは娘を癒しの対象と見なすわりに、仕事に集中したいときは放っといてくれという。
娘をいいように扱う父親は、最悪な野郎かも。みーみがまるでペットみたいじゃないか。

B「あおまのお留守番」
あおまの両親は両方とも学校の先生。あるある。

もしかして、Aパートでかかあ天下を描こうとして、コンプラ的に良くないという意見が出たから、このBパートでかかあ天下要素を薄めた?

あおまの勝気でわんぱくな感じが好きだ。
あおまは敷かれたレールをレールと気が付かずに辿って幸せになるタイプだろうなぁ…。
あとでレールに乗っかった人生だったと気が付いたとき、人生を受け入れる精神を身に付けているのか、全てが信じられなくなって引きこもってしまうかは、分からない。
なんとなく、一度メンタルを崩しそうな奴だなと想像している。

公式の設定によると、ロボットの「グングンマー」*2は「グン」「グン」「マー」に分解可能で、
「グンマーグン」、「マーグングン」にもなるらしい。
発想が素晴らしい。
真面目に、商品化してみては?

C「ぐんまちゃんの不思議な朝」
この回のストーリーは、ぐんまちゃんが2重になった予知夢らしきものを見ており、現実に戻ろうとするというもの。
かわいいタッチで描かれるから、のほほんと観ることができるのだけど、
よくよく考えれば結構怖い話である。
というのも、
ジョジョの奇妙な冒険(荒木飛呂彦)という超大作漫画をご存じだろうか。
この回は、ジョジョ4部で描かれる、ラスボスこと吉良吉影戦によく似ている。

ある地点で時が吹っ飛び、しかも時が巻き戻され、また同じ時を繰り返すッッッ!
状況は悪くなるばかりなのに、時が吹っ飛んでしまうから手立てがない。
一体どうすれば!?と悩む。

なんやかんやで自力で解決しちゃうぐんまちゃんは強い。
読書をしている余裕まである。お前は承太郎か?

でもこれだけは言いたい。
ぐんまちゃんよ、おかわりくらい自分で盛れ。

*1:

www.walkerplus.com

*2:

 

第7回『ぐんまちゃん』を観た

A「キャンプへゴー!!」

キャンプに来たぐんまちゃん。そこはどこだ。榛名湖*1?赤城の大沼*2?菅沼*3
キャンプとかカヌーとか、レジャーには事欠かない、それが群馬県。アニメから確認できるのは湖畔であることだが、群馬県は湖畔のキャンプ場だけでも複数ある模様。*4
遊びとは、楽しいこと。

パパは子どもたちに、楽しさというか、いわゆるロマンを吹き込む。
感化された子どもたちはお手伝いをする。

一方その頃、ママは娘たちに毒見をさせていた。結構サイコな人物である。

私もキャンプしたくなっちゃった。

 

B「誰と遊ぶ?」
二人とも、私のために喧嘩しないで!という”ぐんまちゃんヒロイン状態”が勃発。

3人の組み合わせを一生懸命考えるぐんまちゃん。
3人内でペアを作る組み合わせは、[ぐんま+あおま][ぐんま+みーみ][あおま+みーみ]の3通り。やっぱり[ぐ+あ+み]が一番だね、と気がつき、計4通り。
これは①1人+2人の組み合わせ(3人グループから1人を選ぶ方法、₃C₁だよね
?)と、②3人一緒の組み合わせの合計である。

ゆうみが乱入して4人になっても、同様。
①1人+3人(4人から1人選ぶ方法 ₄C₁);4通り
②2人+2人(4人から2人選ぶ方法 ₄C₂)を2で割る;3通り
③4人一緒;1通り
計8通り
……なんだけど!問題設定は、「みんなぐんまちゃんと遊びたがっている」=ぐんまちゃんとペアになる方法を考えなきゃらしい。
そしたら、
①ぐんまちゃんと組む1人を3人の中から選ぶ(₃C₁);3通り
②ぐんまちゃんと組む2人を3人の中から選ぶ(₃C₂);3通り
③4人一緒;1通り
の計7通り
もしくは、

ぐんまちゃんがぼっちになる場合を全体の組み合わせから引けばいい。
ぐんまちゃんがボッチになるのは、1通り。
全体8通り‐ボッチ1通り=計7通り。

これを頭の中で計算できる7歳児すごい!!息切れしているのも納得笑

 

ここへパパとママが参入して計6人に。ぐんまちゃんはパニック。


この問題はセンター試験レベルな気がするのよね。
私は組み合わせの問題が苦手だったので、挑戦してみる。

条件なしの場合は、
①1人+5人(6人から1人選ぶ ₆C₁);6通り
②2人+4人(6人から2人選ぶ ₆C₂);15通り
③3人+3人(6人から3人選ぶ ₆C₃)を2で割る;10通り*5
④6人一緒;1通り
計たぶん32通り

ぐんまちゃんと同グループになる場合は、
①ぐんまちゃんと組む1人を5人の中から選ぶ(₅C₁);5通り
②ぐんまちゃんと組む2人を5人の中から選ぶ(₅C₂);10通り
③ぐんまちゃんと組む3人を5人の中から選ぶ(₅C₃);10通り
④ぐんまちゃんと組む4人を5人の中から選ぶ(₅C₄);5通り
⑤6人一緒;1通り
計31通り
かな?*6

あとは、「ぐんまちゃんがボッチの場合以外」と想定すれば、
ぐんまちゃんがぼっちになる場合は1通りなので、
上の計算が正しければ、全体32通り-1=31だから、ぴったりなんだけど。

結論としては、ぐんまちゃんの答えは31通り。
どうだ!(誰か教えてください)

ちなみに最後の食品を食べる順番は、4品を端から並べていけばよいので₄P₄=24通り?

C「温泉へ行こう」
アキオは自由人。
私は群馬出身なので、私にとって温泉は観光する場所というか、ドライブがてらふらっと立ち寄るところだった。

草津温泉は足湯を24時間利用でき、賽の河原が幻想的なので、深夜のドライブにもってこいだ。休みの日に友達と夕飯を食べた後に目的のないドライブをし、夜中24時に草津に着いて、朝5時まで賽の河原でくっちゃべる、なんてことをしていた。

さて、アキオのルートは以下の通り。
くさつ温泉
いかほ温泉
しま温泉
おいがみ温泉
みなかみ温泉
いや、その順番で回るか、普通?Googleマップにこの順番で入力すると、移動時間だけで4時間7分かかる。*7

この回、ずっと気になっていたんだけど、
一般的には、赤城山の神は赤ムカデで、男体山の神は白蛇だよね?
いくつかの赤城神社にはムカデの彫刻が施されているって聞いたことあるし、日本昔話では赤城のムカデと日光の白蛇が闘っている*8
でも老神温泉の伝説はなぜか両者の神が逆転している。
一説によると、老神温泉の祭りを復興させるときに、神を取り違えたのでは?と言われているらしい。*9案外、適当だな。

イマジナリーフレンドとは、幼少期の空想上のお友達のことを指すらしく*10
ぐんまちゃんが空想する分には年相応だからいいんだけど、
アキオの場合はただの幻覚だ。

*1:

榛名湖オートキャンプ場

*2:

www.maebashi-cvb.com

*3:

gunma-dc.net

*4:

湖畔 - ぐんま de キャンプ !!

*5:

③の場合、「3人」という枠が2つできて見分けがつかないので、更に÷2が必要だよね?先述4人の場合の計算でも訳分からなくなったんだけど…。
A~FのうちABの2個を選んだ場合、残りCDEFは4個なので組み合わせとして区別できる。
しかしABC3個選んだ場合、DEF3個が残る。これはDEF3個選んだ場合の組み合わせとダブる。そうすると₆C₃÷2で10通り

*6:

以前計算したときは、5人から1人選ぶ方法と5人から4人を選ぶ方法に区別を付けずに16通りと計算してしまった。でもそれは多分間違いで、

例えば5人の中から1人あおまを選んだ場合、
ぐんまちゃんとペアになることを無視できれば、[あおま][他4人]と[他4人][あおま]の組み合わせは同じものと考えられるけど、
問題設定はぐんまちゃんと組まなければいけないので、[あおま+ぐんま][他4人]と[他4人+ぐんま][あおま]は違う組み合わせとなる。
だから、5人の組み合わせの方法(15通り)×2パターン+1通り(6人一緒)で31通り。

*7:

まず草津スタートが現実的ではない。
どの温泉も県の端っこにあるからどう回っても都合が悪いのだけど、伊香保→(高速)→老神→水上→四万→草津で、3時間57分になった。

*8:

まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - 赤城と日光の戦い

*9:

県立図書館においてあった、小暮淳著『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』という本に書いてあった。群馬でしか手に入らない本らしい。一度読んだけど、出版社等の詳細不詳

*10:

イマジナリーフレンド - Wikipedia